本とコーヒーについて

☆なぜブックカフェを?

12年前、ニューヨークに行った時、本屋の中にカフェスペースがあって、
買ったばかりの本を読みながらコーヒーをすする人たちの姿を見て、
そうそうこれ、私もいつかお店を持つのならこんなお店をやってみたい!とはじめて
マイ「ブックカフェ」の夢が生まれたのでした。
その時、その本屋は大きなガラス窓から中が丸見えになっていなければ
カフェの部分を発見することもなかったのかもしれません。
「フォスフォレッセンス」は大きな窓ガラスから中が丸見えになっていることも
その夢見たブックカフェの情景を潜在的に焼き付けていたからなのかも・・

あと、私自身、カフェや喫茶店でコーヒーを飲みながら本を読む時間が一番リラックスできるので、
こんな時間を多くの人に感じてもらえたらいいな、と思ったのです。
書店員時代、店舗の近くにあった「ZOOKO]というお店によく行ってたのですが、
仕事に煮詰まっても、そのお店の扉を開けてコーヒーの香りに包まれながら
自分を取り戻していました。「社員」だとか「妻」だとかいろんな肩書きから解放され
ひたすら「自分」へ向かうための軌道修正、私の場合それはカフェで本を読みながらコーヒーを味わう時間でした。
「ZOOKO」もガラス張りで外の様子がよく見えました。一番窓側がお気に入りの席で、
そこに座って空の色を眺めたりしてると、コーヒーをポトポトと落としている音と香りに包まれて、
目の前にコーヒーカップが置かれたときにはすっかりいい気分になっています。
そこのお店は休憩の合間に利用してたことが多かったので、本というよりはもっぱら雑誌を読んでましたね。
夫婦で経営されているようで、主にコーヒーなど飲み物は奥さん、サンドイッチなどフードはご主人が担当されていたように思います。
だからいつもご主人を思い出そうとすると、どうしても背中になってしまうのですが、
「フォスフォレッセンス」でも飲み物は私、フードは主人、担当にしてるのも少なからず影響を受けているのかもしれません。
この素敵なお店で得たリラックスを、今度は私が多くの人に与えることができたら幸いです。
「誰にも邪魔されない自分だけの時間」を持っているか持っていないかで日々の生活の中の潤いが違ってくると思うのです。

もちろんひとりでボーッとコーヒーを飲むだけの時間も、本を読むだけの時間も、充実した時間となっていると思うのですが、
それなら普通の喫茶店や図書館でも味わうことができます。
「本や文学の話ができる場所」としての側面も、「フォスフォレッセンス」は持っていたいのです。
自分の世界を広げていく、そんな場所でもありたいのです。
やすらげる場所であると同時に発信の場所、チャンスが広がる場所でもありたい。昔の文学サロンのようなかんじ?
そのあたりはまだまだ力不足でありますし、今のお店の狭さでは難しいですが、目標として目指していきたいです。

☆珈琲豆との出会い
お店の理想を述べるのは簡単ですが、やはりコーヒーがおいしくないと誰もきてくれないのでは?と思うのです。
コーヒー以外のものは、少々まずくてもいいと思うのです。(なんてこと言ってはダメですが)
「喫茶店の食事は、適度なマズさを要求します。」とある作家さんも発言してますし(笑)
本に関しては私は新刊書店で、主人は古書店で実務経験があるのですが、喫茶の経験は、高校時代に
ファミレスでバイトしてた時喫茶担当だったくらいなのです。
喫茶店で10年修行した人にはとうていかなわないので、あまり高価格でなくしかもおいしい豆を探しはじめました。
昨年の秋、下連雀2丁目に気になる物件があり、下見に来ていた時、ふらふらとそのあたりを歩いていて
ふと「コーヒー豆屋」という文字が視界に入りお店に入店しました。
手作りものの多い、広くはないけれど温かな空間、お店の人らしきご夫婦の笑顔、
物件が思っていたものと違い少し落ち込み気味だった私を柔らかく包んでくれ、すでに心地よさを感じていました。
すると「どうぞ」と奥さんがコーヒーの入ったカップを差し出してくださいました。
このお店では、入ってこられた方にコーヒーを試飲させてくださるようなのでした。
ふだんお砂糖とミルクがたっぷり入ったコーヒーしか飲めない私でも、そのコーヒーのおいしさはわかりました。
なんだかとても満たされた気分になったので、京都から来ていて、来年三鷹でお店をはじめるための準備をしていること、
本屋と喫茶を合体させた店を考えていることなどをなぜかすらすら話している自分がいました。
はちや珈琲さんもオープンして間もないこと、励ましのお言葉など、声かけていただき大変嬉しく
豆を買ってその日は深夜バスで京都へ帰ったのでした。
お店の物件探しをしている時にふと出会ったこのお店で豆は仕入れたい・・・
バスの窓から東京の夜の風景を見つめながらもう決心していました。
コーヒーのおいしさを感じたのは事実ですが、コーヒーについての知識は今以上に低かった私です。
お店の暖かい雰囲気、国連珈琲豆をたくさんの人に安く届けようという心意気、お二人のかんじのよさにひかれたのが決めた理由でした。
京都に帰ってしばらくした後、奥様手書きの素敵なポストカードが届いたことも、細やかさを感じましたし
何ヶ月後かにお店に行った時、覚えていてくださったことも嬉しかったです。
国連珈琲って?どんな豆をあつかっているの?場所は?など詳細ははちや珈琲さんのページにてどうぞ。
私も、「国連珈琲豆」や「カップ・オブ・エクセレンス」など聞いたこともない言葉だったのですが、出会えて良かった、と実感しています。
コーヒーに「おいしさ」だけを求めるのでなく、生産地の自立や産地の子供達の応援もできる、というところに可能性を感じます。

☆魔法のドリップ
国連珈琲豆は簡単にコーヒーメーカーでつくっても充分おいしい、というのもポイントのようですが、当店ではこの豆をドリップしてます。
前に書いたお店「ZOOKO]でコーヒーを待つ幸せな時間、お店の人がドリップしてるのを見つめるのが好きだったこともあるし、
私の中で「心をこめる」作業でもあるのです。それにドリップしてる時、私自身がものすごく満たされていくのです。
目に見えないものを大切にしていきたい、という「フォスフォレッセンス」のコンセプトの一環でもあるのです。
先日、ある憧れのお店でコーヒーを頼んだら、店主の女性がものすごくていねいにドリップされていて、なんというか胸を打たれたのです。
まるで美しい短編映画を1つ見終えたような気分になり最高のコーヒーを味わったのでした。
魔法のドリップ、おばあちゃんになる頃には身についているでしょうか・・・
そう考えると歳をとるのもそう悪くない、と思うのです。

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