2010年2月24日 水曜日
2月24日(水)大安、快晴、実に濃い一日でした。
杉並ゆるゆる文学散歩、無事に滞りなく終了しました。
参加いただいた方、お疲れ様でした&ありがとうございました。
近日中に詳しくレポする予定です。

私ってやっぱり相当な晴れ女、を思わせるような快晴。というか暑いくらい。
前日には禅林寺へ行って、「なんなら私の背中にひっついて一緒に廻りますか?」
とご挨拶したのも良かったのか、ロケハンなしのぶっつけ本番だったのに、
タイムロスはゼロ。実にいい〜かんじでスケジュールをこなせました。

荻窪いい!徒歩の範囲で主要なところは充分廻れるし、なんといっても
三鷹にはひとつも残っていない、太宰が当時住んでいた建物がまだそのまま現存しているところがある、
という事実はすごいです。ミタカ、その点荻窪に負けてるぞー、みたいな。
三鷹は案内板があるからゆかりの場所を探しやすいですけどね。

そんな理由もあって、一番のメインは旧碧雲荘でした。
良かった。本当に。まだ現存している間にこの目で見れて良かった。
ここは太宰文学の重要な鍵。
実際見れてから、当時のエピソードなんかを読むと、より一層鮮やかですから。
他にも見た場所、コース、画像などはレポに集中して書きますね。

実はこの日の文学散歩、後半のオプションがグッと盛り上がったのです。
ニジ オギクボエキ、で荻窪の主要な太宰が住んでいたところを廻り、
再び駅に戻って16時7分の下井草駅行きのバスに乗車。
ボトルシアターに向かいました。

日本で唯一の瓶のミュージアムで、その数なんと6万本!
という事で、いったいどうしてここに行くことになったかというと、
太宰が住んだ大宮の案内人TAMAさんがご縁の橋を架けてくださいました。
ブログの10月29日太宰の景色とビール瓶というところに書いてある事がはじまり。

よく見かける「麦酒」というビール瓶と太宰の写真、この「麦酒」のボトルが
このミュージアムにないかな、と問い合わせされたのがきっかけです。

ブログにある
『「戦前戦中のビール瓶、『麦酒』とだけラベルが貼られたものを探しています。」 (TAMA)
という事とともに、太宰との関係を含めてお話した。
「杉並区には、太宰が下宿していた建物がそのまま残っているんですよ!」 (ご主人)
と、太宰ネタに食いついて下さった。脈がありそう。』

という文章を見た事がきっかけで、杉並散歩の事が私の頭に潜在的に植えつけられたのだと
今になってみれば思うのです。

予約の電話をした時から、「僕も太宰治大好きなんです」と言ってくださって、
なんとなくそれだけで話が通じるというか、この計画は正解だ、と感じたのです。

いやー、すごかったですよ、この建物。この空間。
入った瞬間、誰もが「はー、すごい・・・」と声を上げてしまうくらい。
また詳しくはレポで書きますが、瓶がお好きな方は一見の価値がありますよ。
残念ながら「麦酒」の瓶は見つからなかったらしいのですが、
坂口安吾やその時代の文士が使用していたとされるヒロポンの瓶を見る事が出来ました。

そこですかさず私が「太宰が居た頃の味の素の瓶はありますか?」と質問すると、
「はい、ありますよ」と即答。昭和17年代の味の素、一番最初に出た味の素、20年代(だったかな?)の
味の素などの瓶の登場に、大いに盛り上がる。


左が17年だったかな?底に「味の素」と画像にはわかりずらいけど、字が浮き出ていました。
味の素瓶登場に興奮して年代の記憶がぶっとんでしまった(笑)

ひとつ譲ってもらう事も出来たので、太宰コーナーに元からある味の素の瓶の横に仲間入りさせました。
夢がひとつ叶った!
小さな夢と笑いますか?いいえ、
太宰が「僕がね、絶対、確信を持てるのは味の素だけなんだ。」と言ったのは杉並時代の事なのです。
今日ここに導かれたのも、すべて自然な流れなような気がします。
こんな小さな夢をひとつひとつ叶えられたら、それで充分なのです。

多分過去に訪問した見学者の中でも味の素で一番盛り上がるグループというのは
前代未聞だったのではないでしょうか?
なんか皆さん子供のようにはしゃいでた気がします。

秘密?の仕事部屋も見せていただき、大いに満足した頃、
庄司さんがせっかくですから最後に1曲、とギターで生歌を披露してくださった。
それがね・・・すごく良かったんですよ。

弟さんが若くして夭折されたという、その形見のギターでライブなどもされているそうです。
曲を歌う前に「太宰治をお好きな皆さんはきっとお優しい方たちだと思うので」
とそのお話を始められ、歌ってくださったのです。
たくさんの瓶たちに見守られ、たくさんの時代の空気を詰め込んだ空間の中で聴く庄司さんの歌声、
ギターの響き、忘れられないものになりました。

庄司さんについて ボトルシアターにようこそ

そこにある瓶はすべて手作りの瓶で、ほとんどが土の中から見つけられたものだそうですよ。
太宰を感じる散歩の締めくくりにはピッタリな空間でした。
また、紹介してくださったTAMAさんにも心より感謝申し上げます。

発売になったばかりの「太宰治と歩く文学散歩」木村綾子さん著に大宮の事が取り上げられているようで、
今度書店に行ったら探してみたいと思ってます。

そしてちょっと予定時間をオーバー気味で散歩は終了。
私はなんだかすごく気分が良かったので、そのまま映画「人間失格」を鑑賞してきました。
映画についての詳しい感想は、その後お店でお客さんと話したりもしたので、
後日の日記に書きますね。好みが別れるところかもしれませんが、私はすごく好きな世界でした。

ただボトルシアターのイメージが強烈で、あの時間が濃すぎて、
映画を観ても瓶にばっかり目がいくんですよ。
なので堀木の実家のシーンにひたすら心奪われてました。実に瓶がたくさん出てくるんですよ〜

こちらは映画館で観ておく事をお奨めしたいですね。
とにかく静かで音がないシーンが多くてとっても緊張するんですが、
そのちょっと苦しいかんじ、緊張感が病み付きになる映画かも。できれば3回観たいところ。

そしてこの日の深夜1時すぎ、ついに観れました。BUNGO日本文学シネマ、ラストの「グッドバイ」
これを見逃したくないが為にこの日は夜遅くまで行動したのです。
面白かった!おそれいりまめ〜
見逃した「黄金風景」もDVDになったら、或いは映画化されたら、是非鑑賞したいと思います。
できれば太宰以外の短編も全部。セレクトが渋かったですからね。

そんな濃ゆ〜い、2010,2,24大安、な1日は無事終了したのでありました。
杉並で取りこぼしたところも、また今度ゆっくり散歩してみたいです。おやすみなさい。


2010年2月20日 土曜日
「あら、早いわね」
いろんな人にそう言われた、窓辺のミモザ。
植物に詳しい人は、この花がいつ頃咲くのかちゃんと知っている。
黄色い花って、やっぱり春を告げる花のイメージがあるから、
発見して「わ、もう春だね」なんて思ったよ、って言われた。

そんなかんじで、お客さんからいただいたミモザが大人気でした。
例によって、あまり植物に詳しくない私は、なぜか間違って「アザミ」って覚えてて、
しばらく「ララバイ♪」って口ぐせのように歌っていたら、「ミモザ」だった。

毎日花瓶の水を変えて、しなってきたらおしまい、というつもりでいたのに、
いつまでも元気。
お客さん曰く「ほとんど水がいらない花。これはもうドライフラワー化してるわ。
空の花瓶にただ挿しとき」とアドバイスをいただき、そのとおりにしてます。
植物に詳しいってやっぱり良いな・・・

イタリアでは3月8日の国際女性デーに、男性が日ごろの感謝を込めて女性にミモザの花を贈るそうです。
「ミモザの日」とも呼ばれ、街中にミモザの花が見られるようになるらしい。
ここはイタリアではないけれど、2月なら早咲きの方なのでしょう、きっと。


窓の外で「いやー、やってて良かった」という声。
かなり懐かしいお客さん。以前に大阪から来てくださったお客さんが再来店してくださった。
「正直もうお店つぶれてないかもしれんね、いうとってん」とお連れさんと大声で笑う。
いいよな〜こういうノリ。気持ちいいあからさまさ。
でも応援してくださっているのが伝わってくる。
「また来るからちゃんとあけといてや」としかとお約束。
気合が入りました!

ミモザの花もいいけど、ミモザサラダが食べたいな〜
気合入れるモードの時は、やっぱ花より団子よね〜

2010年2月19日 金曜日
私の事を応援してくださっている堀江ご夫妻がご来店。
私が以前に観たいと言っていた川端康成の伊豆の踊り子ゆかりのトンネルのビデオ映像を
用意してきてくださっていた。
男女でひとつの提灯を一緒に持ってトンネルをくぐる姿がとても印象に残った。
私これやりたい。秋の紅葉の伊豆、いつ行けるかな・・・

川端康成が「伊豆の踊り子」を執筆した宿、「福田屋」の資料もコピーしてきていただいて、
太宰が「東京八景」を執筆した部屋が、川端執筆の部屋の隣にあると知りました。
いつか泊まってみたいですね。

とそんな和やかな時に、香川から澤田さんが、今回は奥様とご一緒に来店されました。
原きよさんの朗読ライブの為にはるばる上京され、うちのお店にも寄ってくださったのです。
これがまた偶然なのですが、堀江さんご夫妻は営業日記を通じて澤田さんの事をご存知で、
原さんがネットラジオでの達也さんの日記を朗読した放送をお聴きして、思わず涙してしまった、
と私に先日お店で言われていたところだったのです。

澤田さんの方も、営業日記を通じて堀江さんの事をご存知で、
「ビデオ撮られてる方ですよね?」となんというか出会ってすぐにツーカーな雰囲気になったのですよ。
ちょうど伊豆のビデオを観ていた後だったから、テーブルの上に機器がありましたから
ピンとこられたのだと思います。

こんなに早い段階で、お店の真ん中で私を含めて5名の間にフワッと結び目ができたような、
不思議な体験でした。きっと達也さんが導いてくださったご縁なのかな、って
そこにいた全員が思った。とても自然な事でした。

この香川からのお客さんは、以前に日記に書きましたが、
25歳の若さで他界された澤田達也さんのご両親です。
達也さんの日記に、このお店に来た事が書かれてあった事がきっかけで、私と繋がり、原さんと繋がり、
そしてこのお店にやってきてくださいました。

そして達也さんの日記を本にされました。贈呈していただき、また大切な本が増えました。
読んでいると、すごく引き込まれます。これは、慌しい中で読みたくない本、
ちゃんと向き合って、静かに読みたい。だから読み終わるまで時間がかかるかもしれないけれど、
このお店にずっと置かせていただいて、お守りにしようと思ってます。

達也さんがお店に来てくださった6月20日(金)の日記の文章から

「店主さんが珈琲を淹れている音を耳にしながら本棚に目をやる。
わくわくしてくるというのはこういう感じだと久しぶりに思う。」

これを読んで、お店を開いて本当に良かったな、と思えました。
達也さんは舌癌で舌の1/3程を切除、移植という大手術をして一ヶ月ほどの時だったらしく、
この日は満足に会話が出来ない時期とのこと。
ご両親も言われていたけれど、もしかしたら話したい事があったかもしれない、
来て頂いてる方のいろんな気持ちを感じ取れたらいいのに、それは難しい事。

でもこの日記を読んでいると、自分と感覚が似ている事がたくさんあって、ひとつひとつ理解できる。
読みながら、会話できそうな気がしています。


本の表紙は達也さんがお好きだったという新宿の写真。
素敵な手作りのティッシュケースもいただく。
うちの店の窓辺で通りゆく人を和ませているトラの置物も、澤田さんの手作りで、
トラの表情がなんとも愛らしい。
大切に使わせていただきますね。

また是非来て頂きたいです。これは正直な感想なのですが、
お話していて私すごく楽しかったんです。しんみり、じゃなくて。
この本を静かに読む時間の事も想像するとたのしみだし。真剣だけど、たのしみ。
わくわくする、と繋がっていると思います。


今日は大変貴重な本をお借りする事も出来ました。

  
初めて手に触れられました・・・大感謝。           何よりこの檀一雄の帯の文章が良い
                              「太田静子は堂々としている。太宰が斜陽の中で夢想化したよりも、
                             もっと根強い、根源の響きのやうなものがある。」

大切に読ませていただきます。


2010年2月21日 日曜日
やっぱりひと冬に一回くらいは風邪をひいてしまう。
今週後半になってやっと穏やかな気候になってきたけれど、
本当にその前1週間くらいは極寒だった。
雪もたくさん降って、きれいなんだけど身体があまりの寒さに対応しきれないのか、
しっかりと風邪を引いてしまった。
そして寝込んだ。

休みはしなかったけど、2回ハヤジマイさせていただいた。
1回目は19時30分、2回目は19時45分、
もし「30分あればコーヒー飲める」とか、ちょっと本が見たいから寄ってみたのに閉まってた、
など来てくださった方がいらっしゃってたら、本当に申し訳ありません。
次回来店時にお知らせ下さいね。

トシとると、治りも遅くて・・・とこれ言い続けてはや8年。
身体が弱ると心も弱る。かなりダウナーな日々を送っていたのですが、
今はおかげさまで回復に向かっています。あとは咳、喉、ですね。
大根はちみつ生姜茶を飲んだり、お客さんからいただいたマジョーラムのバスボムで入浴したり、
なおろう、元気になろう、と意思を持ちながら何か取り入れていると、
身体の方もなんとか答えようとしてくれているようです。

それに、一番ピークの時をそれたら、もう家で寝ているよりも、お店でお客さんと話したり
する方が調子が良くなってくるし。それが一番の薬なのですね、とこれもまた毎年書いてる
気がするけれど、本当にそうなのですよ。

この間の出来事もちゃんと書いておきたい事があるので、じょじょに遡って
近日中に記したいと思います。

とりあえず今日は24日の文学散歩は決行しますよ!というお知らせをしに来ました。
雨天でも雪でも、というつもりだったのですが、どうやら晴れのようですよ。
主催者がまず晴れ女ですし、傘はなくとも大丈夫かと予想。。。

「晴れ」はやっぱり良い。
雪も本当に綺麗で、この間の最後の雪の降り方なんかめちゃ綺麗系で、樹氷がキラキラして
井の頭公園まで散歩にいこかしら、と思ったくらいだったのですが、
やっぱり寒い日が続いた後の久々のお日様は格別で、「お日様のごちそう」って言葉が
染み入るように実感できた。

お店の前に立って、太陽の光線を浴びて身体がポカポカしてくると、
指圧してもらってるみたいに「はあ〜〜」って思わず大きな声が出たもの。
骨の中にも1本1本柔らかい指で差し込んでくるような、栄養たっぷりな光。
しばらくそこから動けなくて、ラジオ体操みたいな動きをゆっくりしてた私、怪しい人になってたけど、
ほんとお奨めですよ、太陽の下のラジオ体操 by 小春日和
このストレッチから随分調子が回復しましたからね。

臥せっていたからあまり太宰と荻窪について調べる時間が充分なくて(はい、いいわけその1)
まあでも良かったら、ゆるゆるとご一緒にお散歩しましょう。
参加お申し込みは前日火曜日の20時で受付終了とさせていただきますね。

最近来店されたお客さんが、デザインのお仕事をされているという方だったのですが
「仕事ってすごく難しくて、自分の正しいと思う事を主張して、押さえられて、
会社を辞めた経験が何度かあった。妥協しなくちゃいけないのは自分には絶えられなかった」
というような話をしみじみと聞いていたのですが、
つくづく太宰はすごいと言われる。
めちゃめちゃな事をやっていても、結果後世に名を残す作家となった、と。

私が今こうして思い出して書くとうまく伝えられないのだけど、
とても迫力がある話し振りの方で、ある種の怒りを抱えていらっしゃったけど、
唯一太宰の事は肯定された。
そのすごさを自らの経験談を交えて教えてくださった。
自分のスタイルを貫いて、苦い水も飲んで、一度壊れて、そこから再生できる、
大成できる人間というのは、やはり天才だから、
後に「お伽草紙」や「津軽」を生み出す事が出来たというのはすごい、と。
努力する天才には必ず神が味方してくれるのだろうか・・・

その話を聞いた後に、太宰にとっての杉並時代にとても興味が湧いてきた。
再生前の、まさにどん底だった時期を跨いでいる。
行ってから知っていってもいいじゃない、今この時に、太宰が見つめたかもしれない
荻窪の地面を私も見つめながら歩いてみたい、そう思います。

再生前と言ったって、杉並時代に生み出した作品もものすごく好きですけどね。
ピカソは実人生の中で「青の時代」「桃色の時代」などの分類があるけれど、
太宰の場合は真っ黒な生活の中で、とれたての桃のような作品を書いたりするから。
ちょっと例えが離れすぎましたが。
とにかくその時代の太宰の足跡を辿ってみなければ。

風邪の方も治りかけて良かった。
1週間前だったらヤバかったかも。24日にして良かった。もう大丈夫です。
でも油断しないようにしなくちゃ・・・

日本文学ドラマ「BUNGO」オンエアや映画「人間失格」公開などホットなニュースが
たくさんあったというのに、臥せっていてあまりチェックできず残念でしたけど、
散歩当日には回復できてそうな事にまずホッとしています。

そんな間にも主演の生田君はテレビに実によく出て映画の宣伝をしてましたね。
調子悪い日がもしあったとしても、頑張らなくちゃいけないし、大変だろうな、と思います。
背負ってるもののデカさのケタが違いますからね、
でも私の見た限りでは、いつも変わらぬ真摯な姿勢。とても応援したくなります。
早く映画が観たいですね。

さて、2月最終週。身体に気をつけつつ、一気に駆け抜けたいです。
明日も明後日もお店は営業しておりますので、どうぞよろしくお願いします。



2010年2月8日 月曜日
春の朗読会の詳細が決定いたしました。


中村さんが桜の季節にピッタリなチラシを作成してくださったので、さっそく店内に貼りだしています。

春の宵 太宰を語る
日時 3月27日(土) 19時〜20時
場所 フォスフォレッセンス店内 (店内貸切となります)
参加費 1000円(ドリンク付き)
定員 10名様
お申し込み フォスフォレッセンスまで (TEL 0422-46-1004)
(mail bookphos@kmail.plala.or.jp) 来店時に直接申し込みも勿論承ります。

「雀こ」「黄金風景」「親という二字」
中村雅子(アナウンサー 朗読家)
柔らかな津軽弁をお楽しみください。

3月下旬だったら確実にお店の前の桜は満開だと思うのです。
そんな桜の見守る下で、中村さんの津軽弁の朗読が聴けるというのは、
なにより主催者側の私がとても幸運に感じています。
多分翌週の4月3日(土)が春の読書会になると思うので、
宜しかったら2週連続で花見気分も兼ねて、フォスフォレッセンスへいらして下さいね。

このチラシを店内に貼りだした日に、さっそくお客さんから反応がありました。
「これって、前にもやってませんでした?秋頃に」と。
秋の朗読会をここでやっていた事を申し上げると
「ママが好きそうなのをやっていたよ、と主人が教えてくれて」ですって。

そういえば、こちらのお客さんも語りをやっている、と前に教えてくださった事があった。
あの秋のイベント当日、私は結構いっぱいいっぱいで、店の外の様子を見る余裕がなかったけど、
朗読会の様子をお店の外から見ていてくれていた人がいるんだ、
そしてその話題を家へ持ち帰ってくださった方がいるんだ、と思うと、嬉しく思いました。

このお店を決して離さないぞ!離したくない、と思うのは、やはりこの窓辺によるものが大きいですね。
お客さんといる時も、一人でいる時も、ふと時間が止まるようになる瞬間がある。
最近何かで「時々顔を上げながらする読書」という言葉に出会いましたが、
この窓辺のテーブルで、しょっちゅうそんな読書をしている私には実に新鮮でした。
本を読みながら、何かはっと思うことがあって、顔を上げて外を見上げる、
空の色や、木々の形は、ただ目の前にあるけれど、毎回風景は違って見える。
そんな読書には、ここは実に最適な場所です。

あーんど・・・

冬の読書会の詳細も決定しました。
前に告知していたように、1週間待ってみて特に作品発表の打診がなければ、アウトドア編にする、
ということで、杉並ゆるゆる散歩に決めさせていただきました。

冬の読書会 アウトドア編
杉並ゆるゆる文学散歩
日時・集合場所 2月24日(水) オギクボエキ ニジ
参加費 実費のみ
お申し込み フォスフォレッセンスまで (TEL 0422-46-1004)
(mail bookphos@kmail.plala.or.jp) 来店時に直接申し込みも勿論承ります。

なぜ「ゆるゆる」なのかというと、まだこれから色々と予定を考えたりする段階、
ということで、大宮の時のようにTAMAさんという準備バッチシ、サプライズもあり、な粋な企画人
を私が短い時間で真似るのは無理なので、ゆるゆるでもよろしかったらご一緒に散歩しませんか?
的なムードで今回はいかせてください、って事です。

時間設定も、大体3時間くらい。番外編な、ショートショート感覚、
グータンなかんじでよろしくお願いします、と。
ゆるゆるでもいい、参加したい!という方、いらっしゃったら是非申し込んで下さいね。
人数も、最低私を含めて3人集まれば、決行します。これもグータンなかんじで、
とホントもうゆるゆるでしょ?(笑)

平日の午後なので社会人の方には厳しいかもしれませんが、3人以上ならやりますからね!
以前になんでもあるうちに早めに見ておかなくちゃ、行動しなくちゃ、と書きましたが、
こんなきっかけでもないと、コタツの中から出ませんからね、私というニンゲンは。
同じような考えの人は是非、冬の杉並の青空の下、太宰の青春を辿ってみませんか?

勿論、うちの店の企画なのだから、太宰治の足跡を巡る文学散歩、これは基本です。
今から2週間とちょっとですが、コースを色々と研究したいと思います。
参加者提案型で練っていきたいとも思ってるので、参加の申し込みと同時に
「ここはハズしたらダメでしょ?」的なご指導も遠慮なくバシバシ申し付け下さい。

告知が遅くなってすみませーん。
イベントの内容の質問などもありましたら、お気軽にお問い合わせ下さいね!


2010年2月6日 土曜日
会うと元気になれる人がたくさんいるって幸せな事ですよね。
昨日、そんなお客さんが来店されて、色々おしゃべりしているうちに美容に関する話題になって、
お店の近くでアロマサロンされている人がお客さんにいるんですよ、なんて
パンフをお見せしたら、そのお客さんすごく行動が早くて、
さっそく予約を入れてサロンに行って来られたらしいんです。

そしたら今日、そのアロマサロンの方が来店してくださって、
「8周年なんですってね」とお花とかアロマスプレーとか花粉対策グッズとか色々と
持ってきてくださって。ありがたいですよね〜。
何よりこのお客さんも、昨日のお客さんも、なんかパワーがあって、
会うと元気になれるんですよね〜

次に来店されたお客さんからは、タイミングよくあるファイルを見せていただく。
驚いた。私がたくさんいる(笑)
この8年の軌跡、というわけではないのですが、太宰関連や、うちのお店が何か記事になったものを
スクラップされているファイルだったのです。

このようにまとめて自分を見る機会というのはなかったので、太ったり痩せたりしているのを
見て、ちょっとこみ上げてくるものがあったのは、ここだけの秘密・・・
2回目に「くろすとーく」に載った時の私の頬のこけっぷり、
この時期は体調に異変があって、苦しかった時期だ。
でも友達に励まされたりしてなんとか頑張ってこれていた。

せっかくカラーで朝日新聞に掲載された時のは、どうしてもうちょっと髪をセットしなかったのだろう、
ハッキリ言って、サイドがチリチリだ(笑)
「もうちょっとお洒落した方が・・」とか、口をすっぱく「化粧くらいしなさい」
と言っていた母や周囲の人の気持ちが今日初めてこんなにも理解できる。
掲載されてすぐの時は、冷静に見れないんですよね。

自分の話はこれくらいにして、記事を見ていてある発見があった。
私も新聞などに掲載された太宰関連情報は漏れないように気をつけて
スクラップしているつもりなのですが、これは気づかなかったーーー!というのがあった。

金子兜太選 大嫌いな太宰治よ冬来る (千葉市の愛川様作) 朝日新聞09年12月掲載より

「よくこれ見つけましたねー!」とお客さんに絶賛の言葉を繰り返していると
満面の笑みで、「日々太宰治という文字に気をつけていると、ふと目に止まる、
という事があるんですよ」と。それはすごく解りますが、いやー、恐るべし。負けた!ってかんじ。

するとその後に中村おじさんがご来店。
先日の講演会の冊子が出来上がった、と1冊いただきました。
そこには「参加者の感想」というコーナーがあって、
「太宰は正直嫌いだった、生誕百年で市が異常に太宰を盛り上げているのに違和感を
感じていたから、太田さんの話を伺い、胸がスッとしました」
というかんじの感想が2,3あって、これを読めた事を光栄に思いました。
そういう人がいて当然だろう、とずっと思っていたから。

太田治子さんの講演の内容もあるので、興味のある方は読んでいただければ
そのまま伝わると思います。自由に読めるコーナーにありますので。
「最近、生誕百年のお祭り騒ぎでちょっと苦手」と、
ここまで太宰を持ち上げる事に疑問を感じた、と言われているのです。
ここだけ読むと違和感があると思うので、前後の流れを組んで読んでいただければ、と思います。
物を書く側として、ひじょうに冷静に分析されていて、好きだけどダメなところはダメだと
言わないといけない、と。その通りだと思います。
不躾な事を言ってしまう可能性の材料は少ないほど良いので、この事実は知れて良かった。

太宰はひじょうに光と影の部分がある作家なので、
大好きな人と大嫌いな人がパキッと分かれる。
でも大嫌いな人も、句のテーマにしてしまうような、何か気になってしまうものがある人。

私は大好きな人代表みたいな分類に入るのだけど、盲目的に大好きなだけでなく、
影の部分もしっかり見つめないといけないとは思ってます。
どうしようもなくダメなところがあるのは自分も同じで、だから惹かれるのはあるのでしょうけど、
それでいても、人物の魅力として恐ろしく引き込まれてしまうものがあって、
そのブラックホールが強烈すぎなんです。
とても亡くなってから62年経っているようには思えないくらいの威力。
その穴に吸い寄せられて、なくなってしまわないために、
自分にとってはこのお店という場所があるのかもしれませんね。
これからも大切にしますよ。



可憐な花束を8周年のお祝いにいただき、さっそく窓辺に飾る。
この一帯がメルヘンチックでいいかんじ。
なんだか鈴の音が聞こえてきそうな、そんな窓辺・・・

「8」は末広がりの縁起の良い数字。
「8」はリング。リングもネバーエンディングなかんじでグッドですね。
この数字の可愛い丸みのかんじを目指して、明日からも頑張ります。


2010年2月5日 金曜日
本日で、フォスフォレッセンスは無事に開店8周年を迎える事が出来ました!
ひとえに支えてくださるお客さんのおかげです。本当にありがとうございます。
例年どおり、本日限定で店内の本すべて30%オフの感謝セールを行ったのですが、
問題発生・・・

今週の頭の時点では大丈夫だと思っていたのですが、
またまた恥ずかしながら電話が止まってしまいまして・・・
もし電話をかけてくださっていた方がいらっしゃったら、心底お詫び申し上げます。

今週の前半、大雪になりましたよね。
最初は「まあ綺麗」なんてはしゃいでいたのですが、
この天候だからお客さんのご来店がない→売上ジリ貧→
電気代か電話代どちらかをブッチしないといけなくなった→
電気が止められたら店を営業できないので、答えは明白
という流れで、電気代をとったのでした。

なので、感謝セールの事前告知などがHPでできずじまいでした。
なんとも情けないハナシでして・・・でもこういう事にいちいち落ち込んでいると身が持たないので、
今はとにかく8年なんとかやってこれた喜びに浸る方を優先したいと思います。

でも反省は充分しています。だって、うちのお店に何かしらアクセスしようとしてくださった
時に、こちら側が遮断してしまう、というのは実に良くない事です。
目標が「ただ存在し続けること。求められた時に、そのイメージのまま在り続けること」
なのだったら、これはシャットアウトしている事ですから、全然目標に向かって努力していない
事になりますからね。

そんな時に「ひとりビジネス」の本を読んでお店の事を知り、勇気を与えてくださった、と
富山でカフェを開業予定の方から丁寧なお手紙をいただいて、
もしこれが電話だったら、その感動をぶち壊しにしていたかもしれないな、
と思うとまた反省の度合いが増したりして。

ついでに書いておくと(以前に一度書いたかもしれません)
取材を受けて、雑誌や本になる場合、必ず取材後にチェックを送ってくれるのです。
そこで「駄馬」になっているのを「駄場なんです」と訂正したり、他にも色々事実と違う事は
直せるのですが、この本の時はなかったんですよね、
なので私が大学生協の元店長出身、となっているのですが、恐れ多いです。
これは事実と違います。

あと、「お店が半年持つと思ってなかった」と自分で言ってるように書いてある
のですが、ご近所さんや周りの人が、半年持たないだろう、というウワサで持ちきりだった、
と言ったのがなぜか自分で言った事になってるんです。
半年持たないだろう、と思ってお店始める人はなかなかいないだろうと思います。
みんな必死でキープしてるんですよね、なのでここはちゃんと訂正を書いておきたいところです。

でもそんな細かい事よりも、何か勇気を与える事が出来たのなら、嬉しい事ですよね。
地元長崎に帰ってカフェを開業する予定、という女性の方も最近ご来店いただいて、
私の開店事情が載っている本を見て来てくださったとのことでした。

「長崎は是非行ってみたいところです、一人でのんびりカフェを開くにはベストな場所の
ように思います」くらいしかお話できなかったけど、
私が将来長崎や富山にに行った時に、その方が開いてるカフェに行くことができたら、
やっぱりそれは素敵な出来事なので現実になると良いなって思ってます。

映画「いつか読書する日」を観て以来、行ってみたい街なんですよね、長崎。
あの映画は良かったな

大きなテレビを手に入れるイメージトレーニングの方が、
公共料金を期限内に支払うイメージよりもイージーだからといって、
するべき事の順序を間違えてはいけない。
そう、世の中には順序というものがある。そのあたりの自分の弱点の克服をしっかりしながら、
9年目も駆け抜けていきたいと思いますので、どうぞ見守っていて下さいね。


2010年1月31日 日曜日
年に一度のクリアランスセールの時に、るまばぐーすさんが
チラシを置かせてください、と来店されるのは毎年おなじみのこと。
お二人で10年以上、フェアトレードのお店を三鷹で営業なさっているのですが、
2人2日連続でお一人づつお見えになって、少しお話すると
「彼女がいるからここまで続けてこれたんです」とお互いの事を話された。
「同じ事を言われてますよ」とお教えしておいた。
人づてでないと、お互いに面と向かって感謝の気持ちを述べるというのは、
お店での雑務に追われてなかなか機会がないと思うので。

1月末で惜しまれつつ閉店するという「江ぐち」の事が自然に話題に出る。
ご主人が何度かお店に来店されていたそうです。
毎回、手作りの食べ物をじーっとしばらく物思うように見つめてから
いくつか購入されていたということで、
奥様の事を思い出してではないかな、と言われていました。

私は「江ぐち」は1度だけ来店した事があるのです。
たしかフォスの開店準備中の頃だったと思うのですが、女一人で入るのはちょっと
勇気がいったというか、独特な雰囲気があるお店でしたね。
そんな中、ご主人がとっても愛想の良い笑顔で応対してくださってホッとしたのをよく覚えてます。
これからも、きっと忘れないでしょうね。

三鷹オスカーがある頃から出入りしていたお客さんたちにとっては格別な思い入れが
あるお店なのでしょうね。閉店が決まってからの行列はすごい、とニュースで見ました。
味だけじゃなくって、何かその店の事を思い出すと胸に浸れるものがある、街の文化である、
そんな存在にうちもいつかなれたら良いな、って思います。

久々に来店されたお客さんに、「目標はなんですか?」真っ直ぐに質問され、
いつものように「ただ存在し続けること」と答えましたが、なんか緊張しました。
お客さん曰く、「占いでは節分からが新年なの。だからいつもこの時期に私は目標を立てるの」
だったら2月からが新しい1年。
毎月末、そんな新しい気持ちでいられれば、「月末はいろんなものの支払期限」の憂鬱さ
から逃れられるだろうか・・・
うん、その思考で明るくいってみよう。


2010年1月28日 木曜日
「チョコレートスパークリング」なる飲み物にハマっている今日この頃です。
まだまだ寒いですが、もう少し、もう少しで春はすぐそこ。

最近あった良い事。約10年ぶりくらいの再会があった。
サークルの後輩の女子なのですが、年賀状のやりとりくらいはしていたのです。
海外滞在期間が長かった事もなかなか会う機会が持てなかった理由でも
あるのですが、なんとなく最近アメリカ人のお客さんとボチボチ英語で挨拶をしている事が
彼女を引き寄せてくれたのかな、なんて思ってみたりして。

今はこっちの大学で講師をしているとのこと。
着々と階段を上ってる感があるけれど、彼女の持つ独特な雰囲気は全然変わっていない事に
すごく安心感を覚えた。
特に見送った後の後姿と歩き方、「変わってないな〜」と思わず声に出してつぶやいてしまったくらい。

お客さんが中国に行った時に発見した、と譲っていただいた中国語版「惜別」
これを初めて読める人が現れた。
中国では漱石や川端が人気で、太宰はいまひとつ、だそうです。

高村薫著「晴子情歌」の中での手紙のやりとりで日本語の良さを再認識した、と
いつかの年賀状で一言書いてくれていて、気になっていたのに
まだこの本が読めていない。
手紙の中でひとこと何気なく本を薦めてくれる、というのは私は個人的にとても気に入っていて、
手紙経由で出会えた本は忘れがたいものが多い。
井上靖の「氷壁」とか、宮本輝の「錦繍」とか、メルヴィルの「白鯨」とか・・・

逆に、いただいた年賀状で「生誕百年で太宰が多く取り上げられてたけど、その度に
思い出します」と一言書いてくれているのも今年は多かったな、素直に嬉しいですね。

10年近く時を経ているのに、昨日の事のように
「ところでその恋愛体質の秘訣を今度教えて下さい」と言われ、ええ?そうだった?とふいをつかれる。
「でも一人の人とずっと付き合ってたよね?私。昔からそうだった?」と質問すると
「そうです。付き合ってても恋愛体質は恋愛体質です」みたいな即答をもらって、
嬉しいやらビックリするやら。

彼女ともう一人の友人と3人で映画「トゥルー・ロマンス」を新京極の映画館に観にいって、
帰りに「映画サークルつくろう」と一瞬盛り上がったけど、具体的には特に何もしなかったな。
その映画に影響されて私が豹柄のコートを購入し、雪が舞う近江高島の合宿に着て行って
場違い感タップリだった話は過去にも書いたと思うけど、
「観た映画のファッションをする、これもサークルの活動の一環に」と笑ってくれた事、よく覚えてる。

その3人で久しぶりに花見ランチをしよう、という企画を立てた、私が。
今回は企画倒れにならず、実行するつもり。
あの頃はみんな京都にいたのに、今は3人とも都内にいるなんて。これは是非会わねば。
今年の春は何かと楽しみが多いな〜


2010年1月26日 火曜日
表の100円コーナーにあった「ひらがなの書き方の本」
背の高いアメリカ人の方が「ナイス」と購入していかれました。
お役に立てていれば嬉しい。

すると次の日も、また次の日も、図書館に行く前に私に挨拶してくれるようになって、
最近は何年ぶりぐらいにカタコトの英語を話す日々を送っています。
お名前が「ベン」さんだということで、「オオ!」と思わず「ベンのテーマ」の触り、
「ベーン、ラララララ〜ルッノオオー♪」の「ベン」ですね?とワンフレーズ歌ってみたりしたら
「@@@@ビリージーン@@@@@」と好反応。@@@の部分はよくヒアリングできませんでした・・・
さすがネイティブの方の「ビリージーン、マイコージャークソン」の発音は気持ちよかったです。

「THIS IS IT 」DVD発売になりましたけど、買えてません。
いいんです、スクリーンで観た震撼がまだまだ胸の奥でビートをきかしているし。
立川シネマシティなど劇場のサイトから特設ページが消えてしまった事が少し淋しいけど。

立川の気合はすごかった。特設ページに刺激されて結局2回観にいったのですが、
正直そんなに良い耳を持っているわけではない私にはいまいち各劇場でのサウンドの違いとかは
気づくことができなかったのです。
総合的な感動は川崎がマイベストかもしれないし。

でも歌っている時ではなく、打ち合わせの時の会話でマイケルが指パッチンした事があったのですが、
その「パ〜ン」の響きが立川はすごかったんです。
あのたったひとつの音だけで、マイケルの全身が楽器なんだ、という事が理解できたような気になった。
このビート感、これこそが生身のマイケル・ジャクソンなんだ、とものすごく鳥肌が立ったので。
DVDがGETできなくとも、しばらくはあの指パッチンの余韻と、川崎マンミラでの決心と、
CDとyoutubeで補完できるかな、と。
でも感謝の気持ちは還元したいから、いつか買うつもりです。
きっと大きなブラウン管を手に入れた暁には・・・

最近、近所にありながらほとんど行かなかったコジマによく足を運んでいます。
地デジ切り替えの時に大きなテレビに買い換えるのが今の私の夢のひとつなんです。
そこで、今からしっかりイメトレです。パンフレットもため込み、あとは部屋の掃除と代金のみ。
広告でたまに出るじゃないですか、何台限りの超特価大処分品!ってやつが。
良いご縁があった時には月々3000円くらいのローンが払えるように、
テレビはじめ電化製品の知識はゼロですが、今から色々と勉強するつもり。
それまでしっかり気張って頑張りますよー。
ついでに奥の席の机も固定感があるものに買い換えられるように、とりあえずその2つ目標!
2011年7月よ、待っとれ〜


2010年1月25日 月曜日
天声人語で、受験生がげんを担ぐためのせいか、「通」など縁起の良い名前の表札が
昔はよく盗まれたという記事を拝見した。
そこで考えたのは、自分の名前。よく「駄馬」と間違えられるのはもうすっかり慣れっこなのですが、
勝負事には嫌われる名前かしらん、なんて考えながら生姜茶をすする午後・・・
でも「駄馬」は太宰の小説に登場した事があるのだから、オールオッケー、と立ち上がり仕事に戻る。

先日お客さんから聞いた面白い話も思い出した。
明治神宮の「清正の井戸」のこと。
おそらくかなり前の日記で、ここに行きたいと書いた記憶がある。
その時に行っとくべきだったんだよな〜。

お客さんによると、今は辿り着けたもんじゃないという。
ここがパワースポットだという情報はジワジワと広がり、つい先日テレビでも
この井戸の画像を待ち受けにしたら大きな仕事が決まったと芸人さんが息巻いていた。
そしたらそれ目的で明治神宮の森の有料敷地に人がわんさかやってきて、
午前中に入口に行くつもりぐらいでないと清正の井戸まで辿り着けないそうです。

あくまでお客さん情報なので、今頃はもうちょっと落ち着いてるかもしれませんが。
まあただでさえ明治神宮って気持ちよい場所だし、並んでる間に周囲の会話を聞くのも
なんか楽しそうなのでアリかな、とは思いますけどね、
何より純粋にこの井戸はずっと見たかったから、人が引いた頃にでも行ってみたいです。

井戸は本当にパワーがありそうなのでわかるけど、
「美輪さんの画像を待ち受けにすると2週間で幸せになれる」なんてハナシもある。
本当かどうかは別問題として、こういうのって一体誰が言い出すのかな、
どこから広がっていくのかな、というその現象の方にひじょうに興味があります。
たしかに美輪さんって、マリア様っぽいかんじはあるけど。
話のネタに試しにやってみようかな、と思いましたけど、3年来変えてない待ち受けを
チェンジするのは、そっちの方が運をとりこぼしそうでやめる事にしました。

それより「桜桃忌の早朝に太宰の墓前で2人きりで会えた人とは結婚する」
と昔冗談で書いた事がありましたが、こっちは全く現象にならなかったですね。
当たり前か(笑)
伝わる力、情報力ってなんなのでしょうね〜・・・勝間さんにでも質問してみませうか

マリヤ様といえば
      
お客さんから「お店に合いそうなので」と         オルゴールは後姿にも注目!超キュートです。
ポストカードをいただきました。シックなかんじで素敵。
前にあるのは松山の実家にあったものをいただいたオルゴール。
二人で同じ本を開いている様子が、時折お店で目にする光景なので、
とっても欲しくなっちゃったのです。
親子だったり、恋人同士だったり・・その度に目を細めてしまう好きな光景。
オルゴールはちゃんと動くのですよ。当店のニューフェース、よろしくお願いします。

原さんが2月の朗読会のチラシを持ってご来店。


バレンタインにピッタリな企画。テーマは太宰治と「愛」を語る 第二弾。
店内にチラシを置いていますので、ご自由にお持ち帰り下さいね。

シンガーソングライターの方とのコラボというのもなんか新しい。
太宰作品の男女コラボの朗読スタイルは、「斜陽」で木村綾子さんと渡部健さんが
ラジオでやった時に「これはいい!」と思ったのが記憶に新しい。
どんな「愛」のウェーブが紡ぎだされるのか、たのしみですね。
幸せになる画像もいいけど、最近はブログでの原さんの和服の画像によく癒されてますよ、私。
もうすぐ立春、春が来ます。春が来れば私も着物を着たいな、なんて思う今日この頃です。

当店での春の中村さんの朗読会も3月27日(土)に決まりました。
2月になったら早々に冬の読書会の詳細と一緒に正式にお知らせいたします。
そう、冬の読書会ですが、梅の下曽我の可能性はなくなってしまいましたので、
あと1週間で決めて発表しようと思ってます。

もし、何か発表したい作品がある方は、ご連絡下さい。
1週間以内にない場合は、アウトドア編にして、杉並散歩にしようかと思ってます。
2月下旬の予定です。散歩の案内人の立候補もお待ちしております!


2010年1月18日 月曜日
先日日記に取材を受けた事を書いた「街ログ」の動画が出来上がったようです。
良かったらご覧下さいね。

  

本日一番のお客さんは、毎度愛犬をお店の前につないで、コーヒーを飲まれるお客さん。
柴犬って利口そうなルックスですよね。
表でしばらくちょこん、と座っていて、なんとも愛らしい。
「かわいい、行儀がいい」といろんな道行く人に撫でられたり声をかけられたりして、
アイドルのようでした。少しの間でしたが、お店の看板犬の役目を果たしてくれたみたい。

お客さんは、前回来店いただいた時に見つけられたらしい
「クラフトエヴィング商會プレゼンツ 犬 」の本が売れてしまった事が大変残念なようでした。
今日購入しようと思って来てくださったそうで。
「古本との出会いって、だからその出会いの時を逃しちゃいけないってわかってるんですけどね、
まただ・・・」と心底淋しそう。そうなのですよね、古本は特に、
次いつ見つかるかわからない。
「でもどうしても欲しいと思っていると、本の方から来てくれる事もあるからね、
本が呼ぶって言うのかな」と、それもわかります。私なんて、日々そんな事だらけです。
だから古本屋は面白いんですよね。人生です、まさに。

古本との出会いの話から、お客さんの祖父の方が古本屋をしていた事を話してくださった。
でも戦争を境に、やめてしまわれたとか。
「古本屋といっても、路上に筵をひいてその上で本を売るやつです。寅さんに出てきそうな」
その言葉を聞いて、本の世界の先輩、松浦さんの言葉を思い出した。
「路上で本を売る、それでも立派な古本屋なんだ、と先輩古書店主から教わった」と。

そして寅さんの映画が観たくなった。
世の中が世知辛くなったのは、お正月の寅さん映画がなくなったのもあるかもな〜、
なんて寅さんをまともに観てないのにふと思った。
ヒマが出来たらいっきにぶっとおしで寅さんの世界に浸ってみたいな・・・

震災から15年、15年前の神戸は瓦礫の山だったんだ。
あの頃の事は絶対忘れないし、忘れられない。
神戸は復興したけれど、焼けてしまった雄山荘は、あの場所は、今後どうなるのだろうか

今日は大宮太宰のTAMAさん、朗読の原さん、いつもお店に資料を提供してくださるお客さんと、
しばらく太宰話。

というのも、TAMAさんは今日下曽我へ行って来られた帰りにお店に寄ってくださったのだった。
実は、現地は残念ながら、更地にする工事中だったようなのです。
来店前に連絡いただいていたので、心の準備はできていましたが、ショックですね・・・
ただ外部からの情報ではなく、TAMAさんの口から直接聞けた事、
このメンバーで色々と話せたので、随分と気持ちが落ち着けた事は良かったです。

樹も切られてしまうの? 更地ということは、当然そうなのか、
いずれ新聞やネットで出る時の情報を今は待つしかないか。
瓦礫から何か生み出せるものがないと、悲しすぎる。
今日はTAMAさんが現地に行き、そのまま報告に来てくださった事にねぎらいの言葉をかける
事くらいしかできないけど、このタイミングで行かれた事もなんだか不思議な力を感じずにはいられない。

明日明後日は連休をいただきます。
木曜日以降、お店でまたお待ちしております。


2010年1月12日 火曜日
みぞれまじりの冷たい雨が降りしきる。
成人式の昨日じゃなくて良かった。振袖姿のお嬢さんたちの晴れがましい姿を
お店の中から見るのが、毎年のたのしみになっているから。

男子のスーツ姿も勿論好きですけど、私はどちらかというと、
30代、40代になってこなれきったスーツ姿の方が好みではあるのです。
少し疲れている方がセクシーに見える事って時にありますからね。

それでも今日ちょっとビックリした。
おそらく成人式へ向かう途中の、かなりかっこいい、モデルさんのような長身好男子が
うちの店の前で、ずっと中を見てるんです。ガラス越しに。
こんなイケメンで今風なかんじの子が、古本屋さんに興味あるんだ、と
とても嬉しくなっていたのですが、あまりにくいいるように見つめるのでドキドキしていると、
なんのことはない。ガラスに映る自分の姿をくまなくチェックしているのでした(笑)

成人式の会場に入って皆の注目を集める前に入念のチェック。
いや、アリでしょう、と微笑ましく思えてくると、立ち去る前に彼はこの内側に座っているおばさんに
気が付いたようで、去り際にニッコリ微笑んでくれたんですよ!
爽やかだな〜、彼の将来に幸あれ、とエールを送りましょう。
おばさんは簡単に微笑ひとつでいい気分になったわけですが、素直が一番です。
小栗旬から年賀状きとるよ〜♪って私の周りの女性は皆喜んでいて可愛く思えたし。
でもそこで目が合った瞬間にサッとそらしてしまうような男子も私は好きですよ。

でも今日は冷たい雨。今年初めての雨。ガラス窓の前は寒そうに足早に通り過ぎる人ばかり。
そんな中、先日の「小悪魔ドクショ」を観てうちの読書会に参加した事を思い出し、
ホームページの10日の日記を読んで来店くださったお客さんがいらっしゃった。
「会いにきましたよ」と嬉しいお言葉。

番組がとても面白かった、過去に文学を扱った番組はいくつかあるけど、
バラエティーとくっつけるという斬新さ、プロデューサーにはまたこんな番組を作ってもらいたい、
など全く同感。
最初の太宰のところを見逃した事を話すと、youtubeなど動画でまた見れる機会があるのでは、
という言葉のおかげで、本日の閉店後に動画で見逃したところを見ることが出来ました。

「小悪魔ドクショ」で検索して出てきたサイトを見ていくと、1枚目のページ内で動画込みのサイトが
見つけられましたよ。私と同じように見逃してしまった方はトライしてみて下さいね。
葉蔵役の渡部豪太さんいいですね。
第2弾も、シーズンごとにでも是非シリーズ化していただきたい。
これを見て、うちでの読書会の体験を思い出してくださったなんて嬉しいな〜。
たしかにちょっと似てるかも。主人があんなに美女じゃないけれど。

「みだれ髪」の話もしたのですが、お客さんが昔のCMでとても心に残っているものがあって、
それが「やは肌のあつき血潮に・・・」にメロディーがついていたんですって。
ちょっと歌っていただいたのですが、たしかに私も記憶がある。
後でネットで調べてみると、サントリーレゼルブのナスターシャキンスキーが出ていたCMで
間違いないようです。五輪真弓が作曲したようです。
ナスターシャキンスキーが葡萄を持って頬に当てたりしていたらしい。
動画で見れないかな〜・・・
でも、今日のような雨の日にお店でお客さんの歌う「みだれ髪」を聴けて良かった。
しばらくはその余韻で充分。

で、お客さんとしばらく2人きりだったので太宰話を。
三島のあの石碑「私も驚きました」とかララ洋菓子店は10年前に既に行かれていて、
「安田屋旅館は宿泊しなくてもお風呂を利用すれば、太宰の部屋を見学させてくれますよ」
と教えてくださった。なんだかこの方も太宰ゆかりのところはとっくの昔に廻られているのです。
先日の千葉の女性もそうだけど、みなさんすごい。私なんてほんとひよっこに思える。
「もうひととおり行ったかな?」というのがあって・・・と、そのセリフ、私も言ってみたいですね。

18切符の旅に沼津、熱海、湯河原も加えられたら言うことなしだったけど、
少しづつでいいかな。作品と同じで未知の部分を残していることの愉しみもあるから。
沼津といえば、こんなイベントがあるようで、行ける方は足を延ばしてみるのも良いかも。


申込不要の入場無料ですよ!
2/7(日)沼津で語る「太宰治」
沼津市民文化センター 小ホール 12:30開場 13:00開演

沼津の人は、太宰治は沼津が育てたと思ってるよ、とお客さんに聞いた言葉がすごく印象に残っています。
行ってみたいですね・・・

閉店後、動画を見ながら、お客さんにいただいた目黒の御門屋の揚げまんじゅうと揚げもちを
食べてみたらとーっても美味しかった!
なんだか、落ち着いた味。ホンモノだわ〜、って思った。
お客さんの落ち着いた、素敵な佇まいとピッタリ重なった。
店舗には「くつろぎ茶寮」というイートインできるところがあるようなので、今度出かけてみたい。
明日も熱いお茶と一緒に、味わおうっと。この上ない幸せな時間に感謝です。


2010年1月10日 日曜日
朗読の中村さんがご主人とご一緒に来店してくださる。
その時ちょうど中村さんの朗読を聴いた事があるお客さんがいらっしゃったので、
自然と太宰の話題で盛り上がるようになる。

3人で炸裂すると、ご主人に悪いような気がするので、
「なんだか、すみません。私たち太宰の話題になるとどうしてもエキサイトしてしまって」と
申し上げると、「いえいえ、全然どうぞ」と文庫本を静かに読まれている。
とてもお優しそうで、お世辞抜きにとても素敵な紳士。

話題が先日の「小悪魔ドクショ」というTV番組の内容に。
私は前半の30分ほど過ぎたところから番組を観れたのですが、
一番最初に太宰の「人間失格」をやっていたようで、残念ながら見逃してしまっていたんです。
でもとても面白かった。「みだれ髪」の映像が良かった分、失格を見逃した事を悔やみました。

なのでその見逃した失格の内容を知りたくて、観れたという中村さんに色々質問していたんです。
すると寡黙だったご主人がいきなり「キス魔について、もあったよ」と言われ、
その沈黙の破り方があまりに華麗だったので3名大いに盛り上がる。
「ビックリした!突然キス、なんて言われるので・・・」てなかんじで。
さすが、「間」というものをわかってらっしゃる。いやー、あの「キス」は良かった。
こうして書いていても頬がゆるんでくる、微笑ましいやりとりでした。

以前に、中村さんがうちの店で井伏さんの「荻窪風土記」を読んだら知った人の名があって・・・
という事を日記に書いたと思うのですが、
阿佐ヶ谷将棋会の関係の方、だったかな?
その事で実際にお会いしてお話を聴いてこられた帰りだという。
太宰を知るお方なので大変貴重なお話。

太宰が亡くなる二ヶ月ほど前の様子はとても青白い顔をしていた、
太宰の将棋は「早指し」で、自分が都合が悪くなってくると、投げ出すような態度をとる、
しかしそこで油断してはスキをついてくるようなちゃっかりしたところがある、
すきやきを食べる時は最初に肉を一人で大量に食べてしまう、
なぜかすきやき鍋をする日はどこで聞いたのか、太宰さんがすっと現れる、

など、どれも大変「らしい」かんじがしますね。
ほやほやな話をお聞きできて、私もとてもラッキーでした。
そういえば灯台下暗しで、近場の荻窪、阿佐ヶ谷、の太宰の足跡巡りを全くしていない。
今でも残っている住居跡があるというのに。
調べなくちゃいけない事はまだまだあるぞ。
優先順位を決めるのがなかなか難しいけど、ご縁を大切にしながら、
早めに行動したいと思います。

中村さんの朗読会、また桜の頃にうちでやるかもしれません。
ちょうど昨日来店された中村おじさんが、中村さんの「雀こ」が聴きたいとおっしゃっていたところ。
私も聴きたいです。
また具体的に決まったらお知らせしますね。


2010年1月5日〜10日
1月5日の新年最初の営業日、会う人ごとに「今年もよろしくお願いします」と
挨拶を交わす。朗読の原さんも来て下さった。
年末に雄山荘が火事になってしまった事にやはりショックを受けられたようで、
色々と話す。
「なんか、こわいよね」と見つめ合った時に、共振したのがハッキリわかった。
同じ想いでいたのだな、と瞬時に伝わってきた。

2009年は大活躍だった原さん、今年は「リセット」の年だと言われてました。
ブログを拝見すると明けてからも朗読の企画がいくつか決まっているようです。行ける方は是非。
きっと生誕百年が過ぎてもますます進化していかれる事でしょう。
新年早々、原さんの桜色の和服姿も拝見できて眼福ありがたかった。

私は「チェンジ」の年にします。
つい最近の「散歩の達人」の記事のコメントにもあったように、お店のカタチは変わりません。
変わり過ぎない程度に変わること、今もそれがテーマです。
自分の意識をチェンジしたいんです。

あの川崎の映画館のシートで、「Man in the Mirror」を観て聴いて感動して、
泣きながら新年の誓いを立てたこの初心を忘れずに1年間を過ごしていきたい。
この曲、歌詞が実に良いのです。
DVDにもなってる「ムーンウォーカー」の冒頭のライブのは特にお薦めですよ。

翌日は伊勢元酒店のご主人がご来店。新年会の帰りだということで、
パリッとスーツ姿が素敵でした。
今年は年男だそうですが、人間って姿勢が大事なんだな、と学びました。
背筋がしゃんとされているから、正装がとてもお似合い。
写真展でのエピソードなどお話していただきました。

極ヒマな日も勿論あった。マジで?もう今日これで終了?って時に
国分寺さんもの思う葦さんが来店くださった日は嬉しかった。
常連さんに支えられている店ですからね、うちは。いつもありがとうございます。
下曽我の話が80%くらいだったような気がします。
やはり皆さん、とても気になっているのですよね・・・
お客さんが関連記事をファイリングしてくださったのを読んでいると、
いつまでも浸っているだけでもいけないような気がしてきたり、複雑ですが、
あの場所がどうなるのか、見守っていきたいです。


2010年1月10日 日曜日
2010年、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

いつものことながら、更新遅筆で新年のご挨拶がこんなに遅くなりまして。
お送りいただいた年賀状を送付してから、日記の更新にとりかかろう、
そう決心していたのですが、3日経っても4日経っても年賀状書きが進まない・・・

今日はお客さんにダブルで「まだ更新してないんですか?」攻めにあったので
やはり新年の一発目のご挨拶だけでも書こう!と決心してキイを叩いています。
これは結果お客さんに感謝ですね。エンジンかかるまでがひじょお〜に遅いのは私の悪いクセ。
せめて新年早々くらいはキリッ!と行動したいものですね。

年末年始は、夫婦お互いの実家に里帰り、東京〜大阪〜松山、この往復交通手段をすべて
青春18切符で決行いたしました!相変わらずな私たちでございます。

最初は私は内心ちょっと不安もあったんです。
久しぶりに4泊5日ずっと一緒で鈍行。
一人旅の鈍行の旅は毎年夏にやっているけれど、二人は久々。
何度もお手洗い中断するので、いくら身内とはいえ、彼の機嫌を損ねるのではないかと。

ところが全然杞憂でした。
彼は鉄ちゃんの中でも「乗り鉄」 鉄道に乗ってさえいれば、終始ご機嫌な人。
それに、2人で18切符だと、終点を気にせずに寝れるし、しかも肩にもたれかかれるし、
トイレの間並んでいてくれるし、いい事づくめだと改めて思いました。

この人ホントに電車が好きなんだな〜、とも実感。電車に乗ってる時は水を得た魚のよう、とまで
は言い過ぎかもしれないけど、「あ、9000系!」とか私にはどういう基準でその数字が決まっている
のか皆目検討つかない事を、「あ、○○系」とかいろんな数字を言いまくってる。
なんで0系、1系、2系、とかわかりやすくせんのかな〜、と勝手ながら思ってしまうほど、
数字が飛ぶのが不思議。

名古屋あたりでは「あ、名鉄や!」関西では「阪急電車がどうしても見たい」と、360度視線を
働かせてるし、神戸では「阪神電車!」すごく忙しそうだった。
でも私もそんな子供みたいな彼の話を聞いてるのが結構好きで、こっちも負けずに子供みたいに
「○○ってなに?」と質問しまくった。すっごい嬉しそうに説明してくれるのが可愛かった。

今まで全然気にしてなかったのですが、車内で一瞬停電みたいに電気が止まって暗くなる
事ってあるじゃないですか、あれが起こったら
「わ、デッドセクションや!」と小さく絶叫。「デッドセクションってなに?」と質問すると、
「交流と直流の切り替え地点で停電する現象。ちょっとまってや」と携帯をサッと取り出し
googleでの検索表示を見せてくれる。
「この人って、もしかしてすごくマメ男?電車内限定だけど」とちょっとときめいた(笑)

本当はもっといろんな用語を学んだのですが、今はさすがに簡単な事しか思い出せないけど、
すごく楽しかった。

とこれまたこの旅日記がすごく長くなりそうなのですが、書かせておいて下さい。
お店での営業日記だけ読みたい方は明日以降からスタートしますので。

12月30日に自宅から三鷹駅、18切符一回目スタート、ひたすら東海道本線で西へ向かう。
品川駅にて鉄道唱歌の発車ベルに彼が反応。三島あたりで一駅分だけ立つが、あとは大阪まで
すべて座れました。富士山は残念ながら曇って見えず。

草津〜山科間で女子5人組が関西弁でキャピキャピ会話。彼女たちが降りた後、
「やっぱり関西弁可愛いよね〜」と盛り上がる。2人だとこういう時いいよね〜
「京都駅」で二人とも降りたくて仕方ないが、今回はグッとこらえ、いざ大阪。
大阪のMY実家には夜21時着。すきやき♪リクエストしていたすきやき〜♪お肉お肉〜
私は鉄道唱歌よりもスキヤキ♪が好きやーーーースキヤキの豆腐最高!白ねぎイェイ♪白滝白滝ぃー
(久しぶりにご馳走を食べて壊れている図)

翌朝両親が駅まで行くタクシーを呼んでくれる事になった。
普通に考えて一番近いのは大日駅なのですが、彼がテレビカーに乗りたいから京阪はダメか?と
囁いてきた。今回は却下。ちょっと時間が無駄すぎる。またいつでも乗れるさ!
12月31日大晦日 朝8時大阪駅発で18切符2回目スタート。ひたすら西へ西へ。瀬戸大橋渡る〜


かなり感動しました!2回目なのですが、前回はたしか立ってたし、香川でうどんを食べれなかった
とかで私が不機嫌&車内混んでて車窓がよく見れなかった。
今回はバッチシ。海がグリーンで綺麗でしたよ。
「しまなみ」って言葉がピッタリくる。なんか穏やかだし。
香川に入ると、やはり澤田さんの事を思い出しました。

今治あたりで雪が降ってきたのはビックリした。四国で初雪?みたいな。
めちゃくちゃ寒いし、愛媛でこれなら東京は吹雪?なんて想像してたら全然だったようで。
そして松山到着。久しぶりにファミリー大集合で新しい家族も増えていて、賑やかだった。
甥っ子、姪っ子とは初対面。久しぶりに赤ちゃんを抱っこして、ミルク飲ませてそのまま寝かせたり、
姪っ子のダンスに見惚れたり。いやー、やっぱり女の子は可愛いね、天使ですね。
こちらの実家でもご馳走三昧。大好きなしゃぶしゃぶも!そして年越し。
2009-2010へ。

おかげさまで大晦日にちゃんと年越し蕎麦を食べ、元旦にはちゃんとおせち料理を食べ、ちゃんと初詣に行く。
そんな正しいお正月を過ごす事が出来たんですよ。
こういう当たり前のようでいてしてない事をこなしていくのは気持ちがしゃきんとできるものですね。
良くしていただいて本当に感謝です。
初詣は「椿神社」というところでした。
そして念願の松山城にも行くことが出来ました。

       
松山城かっけー。さすが金の亀の城であります。     天守閣から松山市内が一望できます。
地元は「坂の上の雲」で盛り上がってましたよ。          元旦の陽光のカーテンを浴びて美しかった。


「目指せ!天下統一ぅー!!」と、見えない口元でモゴモゴ言っている、の図。

城内で甲冑コスプレが出来るスペースがあったのです。
義姉がホームページにアップしよん?と期待されていたので、恥ずかしながら、やります。。
なんかダースベーダーみたいですが(笑)
一応旗も持っているのですが、歴史バカな私は何組とかよくわからないです。
でも、城の内部を見学しているうちに秋山好古の事とかもうちょっと勉強してみようかな、
「坂の上の雲」読もうかな、とか考えてました。


そして・・松山に来る事2回目。ついに「俳句ポスト」を見つける事が出来ました!
前回街をウロウロしてずっと探していたのに見つけられなかったのが心残りだったのですっとしました。

はー、また松山がより一層好きになった。
あとはマドンナの格好をしてみたいという事くらいか。
松山城は平山城だからロープウェイで入城するのですが、その案内人さんが袴姿、
マドンナの格好ですごく可愛いんですよ。勿論若い女性ですが、熟女のマドンナはナシでしょうかねえ?
ナシ?はい、わかりました。終了。
ま、とにかく俳句ポストなんて趣のある、どこかのんびりとしたこの街が私は好きだな〜。

そして翌日の朝出発。お母さんがトーストしてくれたパンの焼き具合が絶妙で忘れられない。
あれからよく「どうやったらあのかんじになるかな」と家でもよくトーストしてるんですけど、
近づけないんですよね。練習しよ。

1月2日 8時松山駅より18切符3回目スタート、ひたすら東へ東へ
私、終始爆睡。香川県内の駅にて1時間待ち時間が出来たので、駅近のおうどん屋さんへ。
美味しかった!念願の「香川でうどん」デビュー叶う。
セルフのとこですけど従業員さんキビキビ働いていて、店内も絵画や書が飾られていたりして
かんじいいお店だった。「ようこそ ようこそ」って書が印象に残ってる。
また18切符で来る時は食事ルートに加えておこう。

またひたすら東へ東へ。ここで終始順調だった今回の旅行初のアクシデントが!
半分寝ぼけていた私は岡山駅でトイレに行ってホームに戻ったら、もう電車が出発した後だった。
10分以内で大体いけてたと思ったのに・・・というアバウトな性格が災いした。

なのに、全く怒られなかった。1本くらい遅れてもそんなに影響ないし、と。
次の電車まで待ち時間長かったけど、その分座れてあまり影響なくて良かった。
しかし今回は助かったけど、今年の抱負はここかな、と思った。
なんか1本ネジが緩んでいて、そこをキュッと締めれば快速でもっと先へ行けるのに、
みたいな。過去のそのアバウトさの為に、今結構しわ寄せがきている。
これらを緩んだままにせず、ちゃんと1本1本キチッと締めなおす事が今年のテーマかも、と。
抽象的すぎるかもしれませんが、ほんの1分、2分遅れたために、ほんの1分の出来事のために、
後で大きな影響が出る事、もしくは取り返しの付かない事って時に起こりえますからね・・・

そして京都を通り過ぎる時でさえ爆睡していたらしい私は、ひたすら静岡まで眠る。
でもそれが良かった、という出来事も。
全く記憶にないのですが、浜松ー静岡間かな、私たちの座席の目の前で酔っ払いと
若い連中がトラブル起こしていたそうで。そんな異常事態にも気づかずに眠っていた私って
我ながらスゴ。 静岡着がたしか23:45くらい。

多分ネットカフェがあるだろう、と目星もつけずに駅前をフラフラ歩く。
電車を降りれば私は勿論彼も瞬発力なくなりますからね。フラフラ。
そこで見つけたネカフェに入る。ネカフェのナイトパックなんてたしか4年くらい前の大阪以来?
なんか私楽しくなってきて、色々と観察しました。

この日の晩御飯はブース内で日清カップヌードル。シーフード。
この空間に実に合っていて悪くなかった。
リクライニングシートでいいかんじの眠りにつけたし、その割には5時起床、とか言いながら
2人とも起きれなくて大幅に出発時間は延びたけど。

1月3日 静岡駅発18切符4回目スタート ひたすら東京方面へ
そこでなんとなく思いついて私が「三島に寄りたい」と言った。
下曽我には帰りに寄れたら寄ろうと思っていたからネカフェで少し調べた。三島は本当に
「ふと」思いついた。お客さんに三島の事色々教えていただいてたのが今頃効いてきたか?
今思えば色々な駅で三嶋大社のポスターを何度か見て、なんとなく惹かれたのも理由のひとつだろう。

三島駅で下車。富士山が見えた!駅前の交差点のベルが「富士山」の曲。
そのせいもあって、ずっと富士山の歌を口ずさみながら歩く。駅前の地図を見て、
まずは三嶋大社に向かう。
川の流れに沿って適当に歩いていたら、予告もなく・・・


「太宰治」の文字が目に飛び込んで驚きの声を上げる!
通り行く人も「何事?」と足を止めたくらい。
「老ハイデルベルヒ」の1説が刻まれている文学碑。
井上靖他の三島を書いた文章が碑になって続く道。

事前に調べて行っていたとしたら、この驚きはなかった。
この桜川の川べりに「三島水辺の文学碑」があるとわかって
目的を持ってこの碑を探したと思うのですが、知らなかったのでまさにふいうちでした。

お正月早々、太宰さんにひとつやられた!というかんじで、それが妙に嬉しかったりして、
この感情が恋でなくてなんなのだ、という気にさえもなったりして・・・
松山城で甲冑もいいけど、あんた本業を忘れなさんなよ、とでも言われたような心地。

またこの文章にここで会える事が大事だった。事前に検索して読んで、こういう事が書いてある、
とわかっているのではなく、初めて三島の通りをしばらく歩いてから読める文章だから良い。
まさにその通りなんです。町中を水量たっぷりの小川が蜘蛛の糸のように駆けめぐっている。

座ったままで清潔なお洗濯、それが容易に想像できるんです。
この碑のあたりの古いお屋敷にはそれぞれ家ごとに橋がついていたから。

そして三嶋大社へ。お参りをして、「ララ」のある広小路へ向かう大通りを歩く。

    
ララ洋菓子店。やっと来れました。          太宰もかつて飲んだコーヒーだと思うと実に感慨深かった。
お店は10時開店だったので、             現在は2階が喫茶室になっています。
結局ネカフェの寝坊は吉と出ました。


開店までの20分ほどをすぐ近くの神社と休憩所で過ごしたのですが、そこ、なんか落ち着いて
気に入ったんですよね。ララの左側にある建物が鰻の「桜家」
その横にこれまた小川が流れ、ちょっとした休憩スペースになっているんです。
その奥に小さな神社があって、なんだかすごく気分がスーッっとしたから
ちょっとしたパワースポットのように感じました。私の波長にとても合ったみたい。
街全体を歩いていて実に気持ちがいい。常に清水の流れが傍にある。
「水がいい」んだな、となんとなく「富嶽百景」の一文を理解できた気がした。
次回は三島での太宰の足跡を色々と調べていきたい。「老ハイデルベルヒ」を読み返してから。

その後は沼津に戻って御殿場線に乗り換え。いよいよ下曽我に向かうのです。
が、御殿場までしか次の電車はいかない。待ち時間約1時間。
そこでまたお客さんに助けられました。
そういえば、御殿場でブックオフに寄るプランも、とお客さんが言ってたような・・・
案の定、ありました。徒歩5分が少し長くかかりましたが、1時間時間を潰すにはちょうど良かった。

そして再び御殿場線に乗車し、下曽我駅で別行動になるから別れる。
4日間ずーっと一緒にいたから、同じレールの上を進んでいたから
一人になった直後になんだかすごく淋しくなりましたが、
帰ったらまた会える。やっぱり家族っていいよな〜、と改めて思いました。

が、そんな半分ノロケのような事を言ってられないようなトラブルが!
網棚にリュックを忘れてきてしまったのです!下曽我駅の改札を出た瞬間に気づきました。
充電が赤状態だったけど即メールしたら、なんとかキャッチしてくれたようです。ホント助かった〜。
ね?やっぱりネジ1本緩んでますでしょ?

そんな反省もすぐに吹き飛ばすくらいに、やはりやっと下曽我に来れたという喜びは大きかった。
また駅に降り立てばわかる。こののんびりとしたムード。
「空気がおいしい」というのが実感できた。

これまたきちんとした地図など持ってきてなかったので、
ネカフェで見た地図のかんじを思い出しながら、
なんとなく、なかんじで丘の方へ進んでいく。
派出所を見つけたので道を聞こうと入ると無人。住宅地図があって「雄山荘」とあったが
少しわかりにくい。「ご用があれば電話してください」にかけて道を聞いてみる。

「すぐそこの橋を渡っていくつめの・・いくつめの・・保育園があって、その先の・・」
ええ?もっとゆっくりお願いします!とも言えずに、いざとなればこの住宅地図もあるし、と
派出所を出る。しかし、周りに橋が3つくらいあるぞ、これは。

なんとなくこの橋?と目星をつけて渡り、不安なまま進むと保育園が目に飛び込んでくる。
間違いない。近くだ、と安心してまた進んでいくと・・・
突然鬱蒼とした小さな森が目の前に現れるかんじ。
ついに来た。

    
門はまだこれだけ原形をとどめています。良かった。            百日紅は元気そうです。良かった。

中はニュース画像などで出てきたのと現在(1月3日)と変わりなかったです。
誰もいなかったので、写メを撮ってからしばらく門の前に立って目に焼き付けていると、
車が目の前で止まり、ご年配の女性が声をかけてこられました。
まず「こんにちは」と挨拶し、「私は太宰さんと同郷の津軽のものなんです」と。
その言葉に続き、「不謹慎なんだけどね、焼けてしまってから見に来るなんて」
ああ、と思った。その「不謹慎」という言葉が深く突き刺さった。
私もそうだよな、と。

そういう事を今までたくさんしてきた。自分はお店を経営しているのだから一番良く
わかっている筈なのに。
例えばヒマでやっていけなくて「閉店します」という事を公にすると
惜しむようにお客さんが来店してくれる、でもそれでは遅い。

例えが飛躍するけれど、マイケルの映画を何度も観て盛り上がって動画を見まくっても、
彼が裁判でずっと戦っていた時期、私はマイケルのCDを自ら聴いた事は一度もない。
ある意味失礼だという意識がゼロなのは鈍感だな、と。
でもこういうのはキリないですけどね。

どうする事もできない事もあるし、私は余裕のない人間だから、自分の店、生活だけで
正直いっぱいいっぱいなところが現状だ。
でも、これからもうちょっと敏感になろうって。なんでも存在するうちにちゃんと支持する、
そういう姿勢でいたいなと思う。

その津軽ご出身の方は、その後私がどこから来てどこへ帰るのかを質問し、
たったそれだけで「良かったら駅まで車に乗っていかれませんか?」と言ってくださった。
しばらくこの辺りを歩きたかったので、お礼を言いながらその旨をお伝えすると
笑顔で帰っていかれた。
たった2,3言話しただけでお送りしますよ、と言える人懐こさが、
津軽の人だよな、と嬉しくなった。
焼け跡の雄山荘前でこんな優しく強い笑顔に出会えた事、
そして私に一考の機会を与えてくださった事に感謝いたします。



雄山荘の場所からすぐそばに梅林がありました。わかりにくいですが、後ろに駿河湾が
見えました。おそらく二階の窓からこんなかんじの、似た光景が広がっていたのだと思います。
梅が満開の時にまた見てみたいな、と私は思います。

しばらくその辺りを歩きました。
城前寺、尾崎一雄文学碑、曽我神社、みかん畑が続くのどかな坂道。
たった1時間で下曽我が大好きになりました。時間がゆったりと流れている。
ここなら太宰も気に入っただろうな、とすんなり理解できた。

雄山荘の建物は焼けてしまったけれども、変わらない日常がただそこにある街だったのが救いかな。
「明るい方へ」の本が誕生した後だった事が前も書いたけど、まだ良かった。
太宰と静子さんが歩いた道、おいしい空気、物語をちゃんと感じられましたよ。

すごく自分勝手かもしれない。もっと火が出た事に対して怒れよ、とか思う人もいるかもしれないけど、
実際に下曽我を歩いてみて、とてものどかな、懐かしいような気持ちになったこの感覚に
今はもう少し浸っていたいんです。不謹慎なのは承知の上で。

また来よう、と下曽我を後にして、国府津、湘南新宿ラインで横浜、川崎、
前から行ってみたかった川崎ラゾーナに寄る。
この機会を逃したら行けないだろう、と。いやー、ビックリ。
夜になると人が引いてかなり気持ちよい空間。
川崎は4年ほど前に一回行っただけですが、もっとゴチャゴチャしてた印象。

ここでマイラスト「THIS IS IT」を観ました。4回目です。
実は勘違いしていて、ここの109シネマのスクリーンはすべてIMAXだと勝手に思ってまして、
どうせなら最後にいい音響、いい画面で観たいな、と。
結局アバター以外はそうじゃなかったんですけど、それでもとっても良かったんですよ。
なんだかめちゃくちゃ泣けました。いい旅のシメになったと思います。

そして三鷹駅に到着したのが23:40、4枚目の18切符終了。充分、元はとれたような気がします。
すべての行程で1駅間以外全部座れたのは本当に良かった。
特に帰りの都内、平日なら帰宅ラッシュで乗れたもんじゃないですからね。

大阪や松山の家族、家人、旅先で会った人、思いつきの三島、ついに行けた下曽我、電車、すべてに感謝。
多分2010年一番の贅沢を最初にやってしまった感がありますが、
この旅を糧にして、また日々頑張っていきたいと思います。
18切符が一回分余っているのでは、と?即オークションで売りました。

彼の方は帰宅後も電車の動画を見まくり、もうはやくも電車に乗りたくて仕方ないようで、
残りの1回分で銚子電鉄に乗るらしいですよ。

ということで、1月5日〜10日までの営業日も日記に書きたい事が色々あったので、
早めに次回更新しますね。
それと年賀状、次の水曜日までに書き上げて投函してギリギリ松の内に間に合うようにしなくちゃ。


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